ぺったんぺたぺた



 ぺったんぺったんぺったんたん。
「イエス!」
 ぺたたんぺたたんぺたたんたん。
「えぃーぶりしーんぐでぃすあっぴあーうぃずゆー! うぃずゆぅうううう!」
 ぺたぺたぺたぺたぺたん。
「そーあーいへじてーとお! へじてーいと!」

 とまあ、このように。学校から家に帰ったら、大学生の兄貴が絶唱しつつ脱衣所で踊っていた。全裸で。その股間についた汚らわしいブツを振り回しながら。なんかふにふにしたそれは突き出されたり横に振られたりする兄貴の腰に振り回されて腿や腹に当たる度にぺたんぺたんと汚らわしい音を立てている。全体としてくねくねくねくねして死ね死ね死ね死ねしてみたいな感じだ。それだけでも十二分にもう何も言いたくなくなるような状況で、それだけなら私もなにも見なかったことにして記憶の消去に努めるのだが、それだけではすまないことに彼奴の頭は私が昨日脱いだパンツによって覆われていた。いや、事実を覆うのはよそう。猫人の兄は妹である私のパンツを被って、それ以外は衣服を身につけず全裸で、ちんこを振り回しながら歌って踊っていた。
「オラアアァァァーッ!」
 とりあえず、蹴った。靴下越しですら触れたくないが、どうしても蹴らずにはいられなかったというのは皆さんもおわかり頂けることと思う。
「う、うわっ! お帰り!」
 兄貴は私が帰って来たのにも気づかなかったようで、尻尾をぴんと立てて脱衣所の隅に飛び退いた。
「で?」
「あ、いや、ええと……お帰り」
「他に言うことないの?」
「あ、ええと、あー、ご、ごめんなさい……?」
「いやもう謝んなくていいよ」
 そっかー、と兄貴はなぜか嬉しそうな顔をして髭をぴこぴこ動かした。
「いやー、実は俺これやってみたらすっごく楽しくってさ。今日もやりたくなったんで講義サボって帰ってきちゃった」
「オラアアァァァーッ!」
 私の蹴りが兄貴の腹に突き刺さった。どうして、と言いたげに腹を抱えて崩れ落ちる兄貴。
「もう謝罪が意味をなす段階は終わってるから。謝ってもどうにもならない段階だから。オーケー?」
「おげぇっ」
 吐きかけたのか了承したのか迷う返事だったが、この場合どっちでもいい。
「あ、あのね……なんて言えばいいのかうまくわからなくて、言葉が見つからないんだけど、ちょっと死んだ方がいいよ。っていうかさ、死んでよ。なんかさあ、そうしないと死んじゃうとか、そういうのならまあ私も死ねって言うよ。でもそうじゃないんでしょ? だからやっぱり死ねって言うよ。ていうかどっちにしても私のパンツ被って全裸で踊ってるとか死ねとしか言いようがないよ。死ね」
「ひ、ひどい……そこまで言うことないだろ!」
 蹴られた痛みからか、兄貴は涙目で抗議してきた。全裸で。しゃがんでいるせいかちんこのさきっぽが床にくっついている。なんかもう、死ねとしか言いようがなかった。この世界でそれより他に私の気持ちをわかってくれる言葉はなかった。
「いや自分で何言ってるかわかってんの? マジでノーミソ取り替えてもらった方がいいんじゃないの? クソでも詰まってんじゃないの?」
「そんな言葉遣いとか、人に死ねっていうとか、親が泣くとか言うだろ、そういうの!」
「息子が娘のパンツ被って踊ってる方が泣くんじゃないの?」
「あっ、なるほど。うまいこと言うなあ」
「オラアアァァァーッ!」
 その笑顔は我慢できない。三度目の蹴りは正直に胸を直撃し、兄貴は遂に倒れ込んだ。私も許されるなら床に倒れてマジ泣きしたかったが、兄貴のちんこが接地したかもしれない床に寝転がるとか考えるだけで辛かった。兄貴の頭が足元に来て気付いたが、その頭にはまだ私のパンツが被さっている。もう捨てるしかないなと思いながら、私は兄貴の頭からパンツを脱がせた。
「……いつからこんなことやってたの?」
「えーと……あー、二ヶ月くらい前かな。雑誌でかっこいい帽子見たんだけど」
「イカしてるっていうよりイカレてる帽子ね」
「茶化すなよ。かなり高くて買えなくって、ずっと欲しいなーって思って気になってたんだ。で、お前のパンツが同じ柄でさ。だから被ってみたんだ」
「オラアアァァァーッ!」
 だからじゃねえ。日本語は正しく使え。私に蹴り飛ばされ、兄貴の頭はサッカーボールのように跳ね上がって正座の位置に戻った。
「いやもういいけど? 被ったの? もうそこ聞いても無駄っぽいし? 聞かないけど? うん? で、なんで歌って踊ってたの?」
「あー、お前のパンツ見つけたの風呂上がりでさ。裸だったんだけど、なんかその欲しかった帽子をゲットしたみたいな感じになってさ。嬉しくって歌って踊ってたんだ。そしたらなんか癖になっちゃってさー。あはは」
「オラアアァァァーッ!」
 あははははははは。あはは。ここで笑える兄貴の神経が笑えるわ。あはは。そしたらなんか癖になっちゃってさー。あはは。私も兄貴を蹴るのが癖になっちゃってさー。あはは。
「もうさーなんなの? いやほんと、なんなの? なんなの? なんなの?」
「な、なにって……俺はお前の兄貴だよ」
 そうだよね、みたいな泣き顔で確認してくる兄貴をもう蹴る気にもなれなかった。この場合泣いていいのは私だ。手の中のパンツをくしゃくしゃに丸めて兄貴のアホ面に投げつける。
「死ねっ! どうせ私のパンツでオナニーとかしてるんでしょ! 死ねっ! それやるから死ねっ!」
「し、してねーよ! ほんとに被って踊ってただけだよ!」
「どっちにしろ死ねっ!」
 遂に私の涙腺は決壊して、涙が後から後からだらだら溢れてきた。もう嫌だ。どうして私のパンツが兄貴に被られなきゃいかんのだ。こんなんならまだオナニーとかでもされてた方がよかった。帽子みたいだったって人のパンツをなんだと思っているのだ。
「お、おい……」
「うるさいっ!」
「お前……泣いてると、エロいな」
 不穏な声と共に立ち上がった兄貴のちんこは、なんか信じられないくらい大きくなってた。


 その後の諸々は割愛させてほしい。こんなんで処女捨てるとか。言えない。無理。勘弁してください。とにかくそれからは、もうやらせてやんねーと思うのに、手を握られると、断れなくなってしまった。
 こうしてみると私たちは案外似た者兄妹だったのかもしれない。
 ちょっと死にたくてほんのりしあわせ。




アトガキ:
〆切の重圧から逃れようとして書いた近親相姦。妹がチョロすぎる。兄がアレすぎる。こういうどうしようもないものも「この世界でそれより他に私の気持ちをわかってくれる言葉はなかった。」みたいに再利用できるフレーズが浮かぶこともあるのでたまに書く。それだけ。